北米ギター放浪記

フィリップスバーグ

2014年7月29日

私はP氏宅の二階で寝ていたのですが、朝起きると何とも言えない綺麗な音色が階下から聴こえてきます。壁越しに聴くアコースティックギターの音は大好きなのです。下に降りるとP氏がギターを抱えています。見た目やそれまでの言動からは想像もできない繊細な演奏をされる方でした。その後、奥さんと3人でフロントポーチに座り、第二次世界大戦から911、それに福島まで色々なことを話しました。家の前に星条旗を掲げているような愛国者であるP氏ですが、御前会議の内容が翌日にはチャーチルの耳に入っていた時代にハワイに向かう艦隊を察知できなかったはずがなく、「リメンバー」と叫ばれるものには裏があるという私の仮説にも興味深そうに耳を傾けてくれました。攻撃したことを正当化するつもりがないということも十分理解されているようでした。そんなまったりした時間を過ごしながら出発の支度をし、いつものように熱くてドライな別れを惜しみつつ次の目的地であるニュージャージー州フィリップスバーグを目指しました。この日の移動はナビで2時間弱と大変楽なものでした。

コロラド州バーザウドでタイトルにつけたサブタイトル「奇跡の旅の始まり」は、ここフィリップスバーグを舞台に大きく展開することになります。各地で出会ったり場所を紹介してくれた方々は、YouTubeやFacebookなどで私とは繋がっていますが、それぞれはまったく知らない者同士です。この晩演奏する場所は、マイアミのテラスを教えてくれたD氏の紹介でした。彼と仲間がよく演奏しているお店があるとの情報だけを頼りに行くので、夜は近場のモーテルでも探すつもりでした(下の写真の左側がD氏で、右側が無口なD氏の仲間)。

午後4時頃には店の前に着き、中に入ると、若い店員が無愛想に「何か?」と聞いて来たので、今晩演奏させてもらうことになっていると説明すると、「あっそう、じゃ、あっちの方で適当にやって」と古びたミキサーやアンプなどが置いてある店の一角を指差しました。ミキサーには複雑にケーブルが接続されていたので触らない方がいいと判断し、AERを運び入れて音が出せる準備を始めました。そこにD氏が仲間を連れてやってきました。このお仲間さんとにかく無口な方で、実際に会話を交わしたのかすら今となっては定かではありません。

まず、私がご挨拶がてらに何曲か演奏し、その後彼らが何曲か演奏しました。この時点ではお客さんが誰もいなかったのでリハーサルのようなものでした。そこに、カップルが入ってきて、女性の方の名前がミッシェルだというので、ライブではまず弾かないビートルズの「ミッシェル」を弾きました。この時点でもミッシェルさんとその彼氏以外はまだ無愛想なままでした。次に男性二人のカップルが入ってきて、片方のZ氏が私に話し掛けてきました。何でも「今日はヨコハマ県出身の俺のお婆ちゃんも来る」とのこと。「東京の北600キロにあるヨコハマ県」だそうです。多分、山形県だろうと判断し、その方が入ってきたタイミングで花笠音頭でもやろうと密かに思ったのでした。

再び私の番になり、何曲か弾いた後に明らかに日本のお婆ちゃんらしき人が入ってきたので、その時弾いていた曲を早々に切り上げて「花笠音頭」を弾き始めました。しかし、その方、こちらを見るでもなく上を向いてしまいました。聴こえていないのかななどと思いながら、再びいつものレパートリーに戻ったのでした。

数曲弾いた後に正面の梁に飾ってある青年の写真が目に入ったので「あれは誰ですか?」と聞いたところ、店内の空気が瞬時に止まりました。いけないことを聞いてしまった時の空気です。すると、若い店員の一人が「あれはうちの長男で今年の始めに亡くなった」とのこと。この店は実は家族経営で、キッチンの店主ジョーとカウンターの女将さんイボンヌが夫婦で、店員は息子達だったのです。「そうでしたか」で終わる雰囲気ではなかったので、「それでは、彼のために一曲弾きます」と「Folk Song」を弾き出そうとすると、息子の一人が「ちょっと待って」とキッチンにいたもう一人の息子と店主である父を呼びに行き、従業員一同(つまり家族全員)がずらっと横に並んだ状態になり「さあ始めて」と。「Folks」には家族という意味もあるので、こういう時にはもってこいの曲なのです。持てる限りの気持ちを込めて演奏し終えた時、それまで漂っていたアウェイ感は一気に消え、息子の一人(多分末っ子)が私の所に来て「今晩はどこに泊まるんだ?」と聞いてきました。「これから安モーテルでも探そうと思っている」と返事したところ「父がすぐ裏手にあるうちに泊まって欲しいと言ってる」との有り難いお言葉。もちろんお言葉に甘えさせてもらったのは言うまでもありません。

Z氏と酒田のおばあちゃんE氏

息子達

店主のジョーと女将さんのイボンヌ

さっきまでのヨソヨソシさは何だったんだというぐらい、店内は一体感に溢れ、Z氏は完全に出来上がっていました。先ほどのお婆ちゃんも最初は英語でしたが、少しずつ日本語が出始め、何と60年前に酒田市から来たとのこと。この年の2月、地下鉄のギタリストで鳴らしている土門秀明氏の「ラーメン食べに酒田行きませんか?」の誘いに乗って初めて行った酒田がまさかこんな場所で繋がるとは思いもしませんでした。お婆ちゃん一行ともすっかり打ち解け、帰り際にはしっかりとハグをしたのでした。87歳にしてはとてもしっかりしたお婆ちゃんでした。彼らが返った後にイボンヌと話していると、あのお婆ちゃんは芯がしっかりした人だとのこと。戦前の貧しい時代も知っている世代ですから当然です。同胞として私もついでに誇らしく思いました。そして、店に入って来て上を向いたのは泣いているのを悟られないためだったと教えてくれました。「上を向いて歩こう」の世界です。ドラマのような展開に私も胸が熱くなりました。

左端がZ氏の彼氏、中央はミッシェルとその彼氏

ここを紹介してくれたD氏とその仲間も店を後にし、私も機材を片付けて車に運び、閉店後はすぐ裏手の彼らの家に一緒に行き、台所でまた話に花が咲いたのでした。夕方、この店に入った時からのこの流れ、誰が想像できたでしょうか。しかし、この晩の出来事はこれだけでは終わりません。本当の奇跡はこの後にやってくるのです。

*文中に登場する人物は、本人の確認が取れるまではイニシャル表記にしてあります。

「マンハッタン」Home「ナザレス(マーチン工場)」

目 次

はじめに
出国まで
シアトル
カリフォルニアへ
休息日
サニーベール
LAへ
レドンドビーチ
ツーソンへ
アルバカーキ
コロラドへ (奇跡の旅の始まり)
バーザウド
デンバー
オクラホマシティーへ
オクラホマシティー 2 days
テキサスへ
サンアントニオ
ジョージタウン
ダラス
ヒューストン 2 days
ベントン
ナッシュビル (CAAS)
ロスウェル
タンパ 2 days
マイアミ
オーランド 2 days
マートルビーチ
チャペルヒル 3 days
キングスポート
インディアナへ
インディアナ州フィンガースタイルコンテスト
スタテンアイランドへ
マンハッタン
フィリップスバーグ
ナザレス(マーチン工場)
マサチューセッツへ(奇跡の完結)
メシュエン
モントリオールへ
バッファローへ
メドヴィル前乗り
メドヴィル幽霊ホテル
デトロイト
シカゴ
ミネアポリス
番外編
番外編#2「2008年欧州ツアー/出発まで」
チェコ1
チェコ2
ロンドン
リバプール
チェシャム
ドイツへ
レムゴ
インゴルシュタッド
ブレゲンズ
イタリアへ
フィレンツェ
最後のライブ
帰国